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寺戸衛好の風呂敷帳 2000年7月25日

2000年のモットー Festina Lente ゆっくり急ごうネ

中国のサマーローズ
街中はほんとに暑いですネ。
気持ちの涼をとるためにこんな詩はいかが。
唐の高駢の「山亭の夏日」と題する作品。

緑樹 陰濃かにして 夏日長し
楼台 影を倒しまにして 池塘に入る
水精の簾動きて 微風起こり
満架の薔薇 一院香し

●当社の新刊『ローマ教皇事典』に関連して

 説明項目の一つとして、ヴァチカン秘密記録保管所がある。その中に、同所保管の文書の一つとして、ファチマの予言が紹介されている。オカルトや神秘主義に関心のある人にはお馴染だと思うが、少し説明すると……

 1917年ポルトガルの寒村ファチマに住む三人の男女牧童に聖母マリアが顕現して、将来の世界についての神秘的なメッセージを伝えた。このうち、ロシア革命、共産主義の暴威、第二次大戦などを予言していたとされる、第一、第二部については、ヴァチカンは早くに公開したが、残りの俗に第三の秘密と呼ばれる部分については、これまで何度も公開の噂があったにもかかわらず、封印されたままだった。  これは1944年に、ただ一人生き残ったルシア・ドス・サントス修道女(現在も存命で94歳)が書き残したもので、ファチマ司教の手を経て1957年にヴァチカンに送られ、現教理省の記録庫に保管されてきた。歴代の教皇のうち、教皇ピオ12世(在位1939-1958)はこれに目を通した形跡はない。ヨハネ23世(在位1958-1963)とパウロ6世(1963-1978)はこの「秘密」に目を通した。パウロ6世は読みながら思わず失神したと伝えられる。  現教皇ヨハネ・パウロ2世(在位1978-)は、1981年5月13日(この日は奇しくも聖母がファチマに出現した日だった)、国際テロリスト、アフメト・アジャに狙撃された後、「秘密」を閲覧したという。同教皇は退院後の初めての記者会見で、”ファチマに初めて聖母マリアが現れた同じ日時に、私が撃たれたということは、決して意味がないわけではない。私もその意味を感じている”と語った。  ところでヴァチカンは、さる6月26日、このファチマの第三の秘密のルシア修道女による手書き本文を約半世紀ぶりに公開した。これには教皇庁教理省長官のヨゼフ・ラティンガー枢機卿の注釈も付されているとのこと。その中身が一体どんなものだったかについては、ここでは触れない。興味ある方は、ヴァチカンのホームページにでも当たって下さい。  ちなみに聖母を目撃した他の二人の男児、フランシスコとジャシント・マルコは、さる五月、ファチマを訪れたヨハネ・パウロ2世によって列福(聖人になる前の位)された。

●ぜひ読んでください

 遺伝子組み換え食品、ヒトゲノム解読、遺伝子治療、クローンなど、今話題の遺伝子工学を利用した新しい生命科学について、それを支えている生命観や思想、それが引き起こすさまざまな負の問題などを、科学者・一生活者の立場から徹底的に検証、批判し、第2の『沈黙の春』(レイチェル・カーソン)の呼び声高い、メ-ウオン・ホ著『遺伝子工学ー夢、それとも悪夢?』(仮題)を、この秋刊行します。著者は中華系英国人の著名な科学者で、専門研究のかたわら国連、世界銀行、欧州議会その他多くの国際会議で同問題について活発な発言を続け、1994年からは遺伝子工学、バイオテクノロジー、生物安全性などに関する第三世界ネットワーク(TWN)の科学アドバイザーも務めています。 「科学の商業化が、科学者の良心を損なった。遺伝子工学を利用したバイオテクノロジイーは、人間を含むすべての生物を商品に還元し、第三世界に対する搾取と抑圧を強め、人間と動物の健康を脅かし、生物多様性を危機に陥れた。それはさらに、非白色人種、少数民族、世界の政治的に見放された人々に対する遺伝子による差別や優生思想を再燃させた。遺伝子決定論者の単純きまわりない心の荒野が、『すばらしき新世界』(1932年に発表されたオルダス・ハクスリーの反ユートピア小説の題名)を到来を告げている」(本書第二章より)  当社の本は残念ながらあんまり世の中の役に立っていない(役には立たないがそれ なりに面白い?)のですが、この本だけは、掛け値なしにぜひ読んで欲しいと思いま す。  専門知識のない人でも、問題の所在と要点が分かるように、構成にも工夫がほどこされ、とても読みやすいです。

●天上では今ごろ

 去る7月16日、皆既月食が見られた。ショウの後半に、物干し台から双眼鏡を向けると、ぽっかりと宙空に浮いた球体が、まるで胎内孵化するように、ゆっくりゆっくりと薄いベールを脱いでいく。あらためてやはり宇宙は生命体!と実感。  梅雨が明けて学校が夏休みに入る頃から、夜の晴天が何日か続く。夜半近く自宅近くの川土手から仰ぐと、まず夏の三角形。白鳥座のくちばし辺りのアルビレオも久々にみえる。星座の本にはこれを称して天上の宝石とある。それを確かめるには望遠鏡が必要らしいが、それにしても美しい響きの名前だ。大井競馬場のツインクルレースにこの名を冠した番組があった。ハテサテ、競馬ファンでこの星を仰いだりするヒマ人が何人いたかしら。  天の片方に北斗七星、それからアルクツウルスの牛飼い座、天秤座、蛇遣い座、アンタレスのさそり座、南に南斗六星の射手座。月は半月、都会の夏の天上もそれなりに賑わしい。

●読んだ本・見た映画

 ギリシャ、狂気、修道院 ・ケヴィン・アンドリュース『イカロスの飛行ー内線のギリシャを旅する』(松永太 郎訳 みすず書房)を読む。遺跡や名所のギリシャではなく、深い傷を負いながら昨日も今日も営々と生きている第2次世界大戦後間無しのギリシャ人の肖像を深い愛着と敬愛を込めて描く紀行文学の傑作。本書で語られているペロポネス半島の各地をかつてぶらぶらしたこともあり、懐かしい思いで、噛みしめるように読んだ。オリーブ、リュウゼツラン、キョウチクトウ、アカンサス、小麦、岩山、羊、おいしい水、広場、風、昼ね…… ・ついで知人に教えられてチャールス・ブコウスキー『町で一番の美女』『ありきたりの狂気の物語』(いずれも青野聡訳、新潮文庫)。二つとも短編集成。過激な露悪、無頼、奇矯、垣間見える聖性といえば……競馬の話が三本収められている。アンチロマンの競馬談義で、アメリカでもみんなムシラレているらしい。でも、止められないんですよネー、これだけは。競馬依存症の小生の独り言。「愛せなければ通過せよ」が記憶に残る。 ・先だって、六本木で開かれたポルトガル映画祭で「クレーヴの奥方」を見た。17世紀フランスの同名の小説を下敷きにした現代もの。宣伝コピーに「怪作」とあったから、みんなが評価にとまどったのだろう(奥方の恋人が有名なロック歌手に設定されている)。修道院の出てくる作品は何でも好きというヘンな趣味のある当方は、映画後半に頻出する修道院場面だけでも見た甲斐があった。二、三日して、原作を岩波版でパラパラ。。ウーン、作者ラファイエット夫人の恋愛心理分析の巧みさにただアキレルばかり。とても男の出る幕などない。どうやら、恋愛ゲームの核心は嫉妬にあり、ということだけが読み取れた。  ところで、原作でも奥方は恋人の探索を逃れて修道院に身を潜める設定になっている が、映画ではそこから更に逃れて、アフリカのどこか飢餓難民キャンプにあって、そこから知人の修道女に手紙を寄せ、目の当たりにするアフリカの地獄を伝えている。ここらあたりの原作との違いが、映画を作った監督の思想か。恋愛ゲームから旧植民地の世界苦へ? 映画も小説もなんだか摩訶不思議な印象。

●賢者のことば

 70歳をむかえ、はじめてマーラーを吹き込む指揮者ロリン・マぜールがインタビューに答えて(グラモフォン6月号より) 「マーラーは私よりも知的だったんじゃないかな…私はもっと直感的な音楽家で、マーラーに比べると、哲学的な問題に悩むことも少ない。大学で哲学を専攻したので、そういうことはすべてそのときに解決してしまった。人生について他人がどう考えているかを知ろうとして、読書に多くの時間を費やすよりは、自分の人生を”生きよう”と決心した途端に、救われたような気がしたよ。」

●競走馬の自覚について

 競走馬の自覚について  ・友人に、サラブレットは、走っているとき、俺は一番にゴールに駆け込むんだ、と自覚しているのか、と訊かれた。おそらくなんにも考えていないんじゃないの、と返答した。騎手が落っこちたりしたとき、カラ馬は、騎手が乗っているときに比べて、 おおむね着順が落ちる。現にさる7月12日、大井で行われたジャパン・ダートダービーで、岡部騎手の乗った中央馬サザンスズカはスタート直後に騎手をほおり投げて身軽になり、小生の落胆を横目に悠々とブービーでゴールしたもんねネ(でも最後までアキラメナイでとことこ走る姿を見ていたら思わずジーンときたナー)。  すると、友人はいかにもつまんなそうな顔で、それじゃ、競馬のどこが面白いの、同じ賭事なら、ウマである必要はないじゃないの、競輪、競艇、オートレース、どれやっても同じだろう? フムー、まさかサラブレットのランニングフォームは美しいとか、ブラッドゲームの謎めかしさ(今はやりの新版イデオロギー、遺伝子決定論を自然は往々にカラカウもんネ)とか、文学作品にもよく登場するし、なんて言うのは…。深入り道楽の理由を言葉で答えるのはほんとにむずかしい。不条理ゆえにわれ愛す? 競馬ファンのあなた、なんと答えます?

●孫悟空よ、たまには

 そこでふたりは、肩を抱き合い、手を取って仏殿を出ると、裏庭へと直行です。女はそこで、足搦みのわざを使って悟空を地べたにころがすなり、  「かわいいおにいちゃん」 と、しきりにささやきながら、悟空のおちんちんをつかもうとしています。悟空は、  「おれのせがれは、ほんとに孫さまを喰っちまうかもしれんぞ。やばい!」と思い、女の手をつかむや、巴投げの技で、相手をころんと投げとばしました。妖怪は、それでもまだ  「おやまあ、かわいいおにいちゃん。おばちゃまをころがす技をもっているのね」(岩波版西遊記第81回より)  三蔵のピュアーな元陽(精子)を狙っている女妖怪、そうはさせじとお師匠ガードに励む悟空。延々と読みついできて、これは珍しい、少しは艶めかしい場面が続くのかな、と思い気や、妖怪退治大好きわれらが悟空は、無粋にもいきなり本相を現わし、キンコ棒を振り回して、ヤルキ満々の女怪をやっつけようとします。そしてまたもや丁々発止のバトル。、面白いけど、我慢比べをやっているようないつもの中国の長編小説。